1月21日 成田着 プラス9.9度

 ホテルを6時半に出て、北京空港へは7時過ぎに着く。今回の行程では珍しく曇りだ。それほど寒くもない。
 まあ、いろいろあったが、とりあえず飛行機には乗り込んだ。

 昼過ぎ成田着。毎度のコトだが、自動販売機で缶コーヒーを買って飲むと日本に着いたなぁって感じがする。

 成田出口の掲示では「気温プラス9.9度」、マイナス20度の世界から帰ってくると、強烈に暖かい数字だ。
 上着を脱ぎ、薄着でバスを待っていると・・・やっぱり寒いじゃないか!
 どうも、内モンゴルと日本では違う気温の世界のようだ。

1月20日の行程:北京空港>成田空港>自宅

pd-20050121-01 でも、やっぱり薄着じゃ寒い

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1月20日 光と影

 中国の撮影も終わり、夜行列車で北京南駅に着いた。
 今回の撮影は大半を内モンゴルの草原と山で過ごしてきた。行く前に色々な方から聞いていた感動の風景・・・確かに見たこともないほど広く、雄大で驚いたのだが、不思議と「すっごい!」と言うような感動は感じなかったのだ。と、いうのも、草原の真ん中にひとり立っていても、村の中を歩いても、妙に馴染む、何か遠くから来たのではなく、生まれ育った隣町から来たような自然な感覚だった。
 確かに言葉は分からない。でも、村々で出会った子供たちの、屈託のない笑顔、寒風をものともしない真っ赤なほっぺた。異邦人の私と付き合ってくれた大人の人たち。決して物理的には豊かではないのだろうが、まったく違う意味でモノに囲まれて育った私にはないものを持っている・・・・内モンゴルでは気持ちが満たされて行くような、最高の経験をすることができた。

 夜、前々からガイドの郭さんと、予算をセーブして「北京ダック」を食べに行こうと話していた。まあ、外人が日本に来て「すし・てんぷら」と言っているのと変わらず気恥ずかしいが、それでも本場で食べてみたいものは食べてみたい。繁華街を回ってスーパー、デパート、本屋・・・と色々な店を回ってみる。さすがに首都の中心地、ありとあらゆるものがあった。
 それは、予約の時間が近づき天安門の近くでタクシーを降りた直後に起きた。小学1年くらいの男の子と3年くらいの女の子、物乞いだ。始めは袖を引くぐらいだった。男の子は郭さんに怒鳴られて走って逃げるが、女の子はそれでも付いてくる。最後には両手両足で私の足にしがみつき、引きずっても払っても離れない。あれだけやさしかった郭さんの表情が変わり、力任せに引き剥がして投げ飛ばし、力加減はしているのだろうがケリまで入れている。大きな輪になった人たちは、別段珍しいものを見ているようでもない。ほんの2~3分の事だったが、足を引きずったときの少女の重さが奇妙に残った。郭さんによれば「あれは彼らの悪い仕事。食べるものがないと言ってもお金を持っているし、周りの人の中に親も居る。佐々倉さんがお金を出さなくてよかった。出していたらどんどんエスカレートしていた」
・・・・賑やかなビルと人に囲まれた、これも中国の子供。

 たしかにおいしかった北京ダック。複雑な味がした。

1月20日の行程:夜行列車で北京着>北京泊

pd-20050120-02 やっぱり、北京に行ったら北京ダック?

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1月19日 最後の汽車を見送る

 ほぼ半月の撮影も今日で最終日。もちろんパーフェクトという訳には行かないが、ほぼ思い通りの撮影が出来た。
 ちょっとした満足感。
 10日ほど前に来たチャブガで、ぎりぎり夕日が沈んでしまい撮影できなかった夕日に向かって走る蒸気夜行の撮影が最後のシーンになった。
 ドラフトを響かせて駅を発車した列車は目の前を通過、夕日で真っ赤に染まりながら荒野へと消えてゆく。ギラリと光った瞬間を確認してあとは目で追う。
 30年前、北海道は沼ノ端の丘で、北海道撮影最後の一本を夕日の中で見送った。そんな景色が突然思い出された。私にとっての現役蒸気最後の一本。この時、まさか30年後に同じ感触を味わうことが出来るなど、思いもよらなかった。至福の時。

 明日は北京へ

1月19日の行程:白旗>蒸気夜行列車(6時~10時車内の取材)>チャブガ(駅近くの丘、駅で撮影)>車で通遼へ>夜行で北京へ向かう

pd-20050119-01 夜行列車車内にて、アナウンスルーム

pd-20050119-02 チャブガ駅の少年、汽車が好き?

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1月18日 -35℃の駅発 めまぐるしい一日

 昨夜ハオルクのホテルで寝たのが夜9時半、起床は0時、0時半にはホテルを出て駅に向かう。空には満天の星、強烈な冷え込みだ。ドライバーによるとマイナス30度を相当下回っているとのこと。あまり風がないのが幸いだが、呼吸をすると肺の中が凍る感じだ。
 駅の待合室には20人ほどの乗客が列車を待っている。深夜の待合室に訪れた外人(私)に向かって皆が集まり、至近距離から顔を覗き込まれる。横では機材のコンテナボックスをコンコン叩かれている・・・ちょっと異様な雰囲気・・・でも、10分後にはジェスチャーだけでけっこう盛り上がっていた。
 そして2時過ぎ、30分ほど遅れて蒸気の牽引する夜行列車がホームへと滑り込んできた。
 この日の記録ノートは3ページ、ぎっしりと記載されている。とにかくめまぐるしい一日が始まった。
 ノートのタイトルだけ拾っても、
 ・ 厳冬のホームで遅れた列車を待つ。凍りついた時間
 ・ 驚愕、マイナス35度のバイクタクシー、普通のカッコで来た女性にびっくり
 ・ 道のない駅(街から駅まで20分、荒野に出来た轍を進む)
 ・ 世界最後の蒸気夜行、寝台に響くドラフトと星空の煙
 ・ 早朝6時駅到着
 ・ 白い街、白旗(バイチー)
 ・ 日程の数え間違い、このままではビザが切れる
 ・ 旅のスケジュール変更騒ぎ
 ・ 機関区の宿泊所で寝過ごす
 ・ 煙を上げ動かない蒸気機関車
 ・ 冷たい蒸気機関車
 ・ これも蒸気、ガトークレーン
 ・ 機関区の食堂、機関士パワーの元(ただし酒なし)
 ・ 本日2本目、夜行列車の旅へ

 それにしても、白旗で乗った軽ワゴンのタクシー、9人乗せて大全開、ギャップで飛ぶ飛ぶ、道で手を上げればまだ乗せるとか。その車内で乗り合わせた乗客に・・・「そんなに寒いか?変なものを着ないで、ちゃんとヒゲを剃れば、ちゃんとした中国人に見えるのに」って・・余計なお世話だ!(笑)その上「ヒゲは似合わない」とか言われるし・・・

 明日は撮影の最終日だ。

1月18日の行程:ハオルクホテル>夜行列車で白旗>白旗でチケット手配の連絡、機関区撮影>夜行列車でチャブガに向かう

pd-20050118-01 白旗に着いた蒸気夜行列車、寒い朝の駅

pd-20050118-02 朝仮眠して寝過ごした機関区の宿泊所、窓が凍り付いていた

pd-20050118-03 白い街、白旗(バイチー)

pd-20050118-04 冷たい機関車

pd-20050118-05 これも蒸気、ガトークレーン


 

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1月17日 星空を行く汽車

 熱水に泊まり始めて7日の夜が明けた。今日で熱水を離れる予定だ。
 部屋は良い。前室にはワークデスクと応接セット、奥には広いベットルームと温泉の出るバスルーム。部屋が二つあるので、埃の出る服とカメラ機材を分けて置けて助かった。この部屋の最大のウリはなんと言っても午後10時45分、ホテル正面の山を登ってゆく蒸気機関車の牽引する夜行列車だ。
 この時間になると必ず窓を開ける。遠くから汽車の音が聞こえてきて、窓の明かりに照らされた煙が尾を引く。機関車は真っ黒だが、時折石炭をくべるときにあけるカマの火が運転席をオレンジに浮かび上がらせる。左下から右上に客車の窓の明かりが流れてゆく。列車が見えなくなって10分、今度は右から左へ。更に10分経つと空いっぱいの星の中を行くように左から右上に・・・・そして暗闇へと消えてゆく。一時間近く楽しめる星と汽車の風景。これも昨夜で見納めだった。
 そう長くなく、ここの蒸気機関車もディーゼルに置き換えられると聞く。最後の最後にこの姿を見れたことを幸せに思う。
 この日は午後まで径棚峠で撮影して、ハオルクに向かう。どこまでも続く荒野を走ってたどり着いた町はまるで西部劇のセットのよう。この日は一応ハオルクのホテル泊。ハオルク最高級のホテルだが、フロなし、トイレ共同。

1月17日の行程:熱水>径棚峠撮影(列車2本)>ハオルク(泊)

pd-20050117-01 一週間泊まり続けた熱水の龍泉賓館

pd-20050117-02 径棚峠での撮影も最後、巨大な白煙も見納めだ

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1月16日 現地ガイド郭さん、ナイスッ!

 今回の撮影では、ほぼ半月の間ずっと現地ガイドの郭さんのお世話になる。北京空港から北京空港の見送りまでをお願いした。
 この郭さんは長春の生まれ育ちの30歳、学生時代は福岡にいたそうで日本語も分かりやすい。何より日本人の感覚を分かってくれているので、道中国民性の違いから不満に思うことはなかったし、同行のKさんが帰国してからはずっと話し相手になってくれていた。当たりは柔らかいが、長春では武道のチャンピョン、家に居るときには朝食前に鍛えているというのも心強い。
 撮影中も頑張ってくれた。本来の仕事ではないのに、山の上まで三脚搬送。お願いすればビデオの2カメを回してくれたりもして、効率的にも非常に助かった。蒸気の情報収集にも走り回り、列車内ではモデルも(笑)
 まあ、中国人としてはちょっとオシの弱いところもあって、これまた付き合い易かった。

 この日、昨日撮れなかった東行きの重連が2本。ほぼ熱水でも撮影目的もクリア。これも郭さんのおかげ!

1月16日の行程:熱水>径棚西側で東行きの列車を撮影>熱水(泊)

pd-20050116-01 ガイドの郭さん、ずいぶん世話になった

pd-20050116-02 朝一番の撮影は径棚近くの橋梁で撮影。車は凍りついた川の上

pd-20050116-03 お昼は岩山を登って、郭さんが持ってきてくれたラーメン。この日はマイナス10度くらいで風も弱く、フリースだけですごせた。防寒着のいらない暖かい一日

pd-20050116-04 馬の背の岩山で撮影。少しでも風が吹くとけっこう怖い

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1月15日 ムダ足は重い

 朝ホテルで入手できる「本日の蒸気情報」。6時半になると調べて発表してくれるので、話しに聞いていた「いつ来るのか分からない列車を山の上で待つ」ということはなかった。この朝、待ちに待っていた発表があった。東に向かう午後の重連列車が走るのだ。これまで想像以上に蒸気の本数が多くて、撮影自体ははかどったが、重連列車は西行きばかり、初めて午後の最高の時間帯を重連列車が来る!
 午前中は林西の近くまで、西行きの列車を迎えに行った。ここで撮影しながら熱水に戻り、もう一本の西行きを撮ってからメインの東行き重連を撮影する予定だった。しかし朝の一本目が1時間遅れ、ようやく来た列車も単機だった。ちょっとやな予感。2本目の重連は山の上に登って撮影しようと、ガイドの郭さんと岩山をよじ登る。しかし予定時間を1時間以上過ぎても煙が見えない・・(見えてからも近くまでは1時間かかる) 蒸気に変わってディーゼル機関車の重連がやってきた。
 いやぁムダ足は重いなぁ・・と山から降りてメイン列車の撮影に向かう。しかし走り始めてすぐに撮影したい列車とすれ違い・・・もう、この日の撮影はぼろぼろ。
 ホテルに戻って話を聞くと、結局朝の情報はすべて変更。メインの列車などは1時間半早くに発車していた。
 その後追加になった午後の東行きを何とか撮ってホテルへ。
 まあ、これが中国の撮影と納得しようとするが、どうにも疲れた一日だった。

1月15日の行程:熱水>林西で単機撮影>径棚峠に向かうが撮影できず>熱水(泊)

pd-20050115-01 あああ、ディーゼル機関車が行く・・・

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1月14日 村を歩く

 この日は午前中に峠に向かう蒸気はなし。大板まで撮影に行く手もあったが午前中は近隣の村の撮影に。熱水の街から外れた村、宇宙地の村の中を歩き、林西の市場を歩いた。どこでも人だかり。ビデオを出すとまわりにぐるっと人の輪が出来る。みんな人懐こくて楽しい雰囲気。外人を見ると興味津々寄って来る子供たちはもちろん、大人もけっこう馴染む。馬車やロバ車が車と混在して走っているのも良い。2~30年前の土の家や新しいレンガの家が並び、家の周りには燃料にするトウモロコシの茎やシンが大量に置いてある。
 宇宙地の近くでは羊の牧場を訪れる。お願いして囲いから羊を出してもらった。ぞろぞろ歩く羊、いかにもそれらしい。撮影後は家に招待してもらった。きれいにまとまった家。どこでも気持ちよく迎えてくれるのが嬉しい。

1月14日の行程:熱水>熱水の村、宇宙地の村、林西の市場の撮影>午後は宇宙地から径棚峠で撮影>熱水(泊)

pd-20050114-02 宇宙地近くの羊牧場を訪ねた。羊の群れがぞろぞろと

pd-20050114-03 林西の市場、林西はビルも建つ大きな町だ

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1月13日 日本人、意地の完食

 中国に入って約一週間。道路事情にも慣れたし、言葉が分からず雰囲気で伝えるのや、オープンなトイレにもまあまあ慣れた。しかしど~しても慣れないのが「ごみ捨て」と「食事の量」だ。
 ホテルに帰って捨てようと車の中にゴミを溜めておいても、撮影から帰ってくるときれいになっている。ぜんぶ表にぽいっ!街近くでは道路の周りはビニールのゴミだらけ。逆光の美しいアングルを決めて、感動していると、キラキラ輝いているのが全部ゴミだったりする。
 もうひとつは食事の量だ。「残すほどテーブルに並べるのが幸福」と言うのだが、子供の頃から「残さず食べなさい」と言われてきた日本人には強烈な抵抗感がある。ホテルだけでなく街の食堂でも皆半分近く残して席を立っている。
「郷に入れば郷に従えですよ」とガイドの郭さん。・・・・う~ん、そう言われてもなぁ・・・・
 この晩、いつもに比べて、ほんの少し皿数が少ない。「チャンス!」目指せ完食。必死に食べること30分。遂に食いきった。妙な達成感。「足りませんか?頼みますか?」と郭さん・・・お願いだからやめて。

1月13日の行程:熱水>午前中は径棚峠で撮影>昼から熱水→林西間をキャブ添乗>夕方から径棚峠でチャーター列車の撮影>熱水(泊)

pd-20050113-01 まだまだ出てくる。当然す~っと中華料理。中華好きの私としては、まったく飽きることがなかった。みんなうまい(一部除く)


pd-20050113-02 日本人意地の完食記念

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1月12日 爆走ワゴンドライバー

 内モンゴルの道路事情は、日本の感覚からすると無茶苦茶。信号は無視するは、対向車が来ていても追い抜きするは、人も人で車が来ていてもまったく平気で歩いている。もうルールは「当たらない。当たられない」だけのように見えるほどだ。
 その中でももっともすさまじかったのが、私を乗せてくれているドライバーの張さん。街中では4車線の道で、前の車が対向車線にはみ出して追い抜けば、更に遠い車線から追い抜く。2台並んで対向車が来ればクラクションで掻き分ける。とくかくクラクション鳴らしっぱなしで大爆走!郊外に出れば「なんぴとたりとも前は走らせない!」状態でがんがん走る。この運転にはずいぶん助けられた。列車本数の少ない日などは一本の列車を追わなくてはならない。ビデオを中心に撮影をしていたので、マイク用のケーブルを引いたり、場合によっては三脚2台カメラ2台のセットをしなくてはならないので時間がかかる。一番早く乗り付けて、一番後の撤収になる。しかし、一番最後に車を出しても他のグループの車をごぼう抜き、次の撮影地には最初に着いて、セットするだけの時間をくれる。これは本当に助かった。
 ただ・・・ホテルに帰れば「かんぺー」の嵐。とにかく飯の間中二人で「かんぺー!」、「いやいやこれからカメラのクリーニングをしなきゃならないんだけど」「いいから、いいからかんぺー!」
 妙に気が会った。張さんからも「おまえとは気が合う。おまえだったらどこまででも走ってやる!」とにこやかに話し、実際撮影地に向かって細い細い轍もものともせずに、轍がなくなって登山道に入っても車がスタックするまで進んでくれた(一度は地面にオイルが・・・)。仕事でもないのに三脚を運んでくれたり、列車接近が見えないところでは、近くの丘まで登って接近を見てくれる。ずいぶん助かった。何より助かったのは、撮影のトラブルで気が落ち込むと、察知してとにかく笑わそうと、必死で対応してくれた。今回の撮影のムードメーカー。張さんのおかげで楽しい撮影になったのが何より嬉しかった。

1月12日の行程:熱水>林西~径棚間を重連列車を追いながら撮影>熱水(泊)

pd-20050112-01 宇宙地-熱水間を走る重連貨物列車


pd-20050112-02 ドライバーの張さん、ずいぶんと助けられた

 

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